2020年1月の健康便り —メンタル—

アカデミックハラスメントとは

イメージ

 健康管理センター相談室のドアが開くと、ちょびひげを生やした50歳くらいの男性が立っていました。「予約している早坂です。相談というか、今日はアカハラについて教えてもらいたいだけなんですけどね」と、眉間にしわを寄せ、気難しそうな表情をしています。キムラさんは上手に対応できるかしらと少し不安に感じました。

 早坂さんは椅子に浅く腰かけ、さも自分は忙しい、手短に頼むよ、と言いたげです。そして矢継ぎ早に話し始めました。「工学部で学生の研究指導をやっています。別の研究室の先生からアカハラについて確認してきたほうがいいんじゃないかという話が出まして…。といっても、私は大丈夫だと思いますけどね」と、早坂さんは自分に限ってハラスメントをすることはないだろうと自信があるようでした。

 キムラさんはアカハラに関するリーフレットを用意しました。「アカハラとはアカデミックハラスメント(academic harassment)の略語で、大学や大学院などで教職員や学生間において地位や人間関係などの優位性を利用し、相手に対して精神的、肉体的な苦痛を与える行為のことです」とキムラさんが定義を読み上げると、早坂さんは笑みを浮かべました。「なるほど、じゃあやっぱり私は大丈夫ですね。さすがに、特定の学生に嫌がらせのようなことはしてないですし、傷つけるような発言もしていませんからね、ハッハハハ」と軽く笑って、早々に席を立とうとしました。

 「あの、えっと…、ちょっと待っていただけますか」と戸惑いながらキムラさんは言葉を続けます。「大学の場合、研究とか論文の執筆とか、一般の会社と異なる独特な世界がありますよね? 学生と担当教授が論文発表を巡ってトラブルになることも多いんです」と言うと、早坂さんは少し驚いて「論文発表を巡るトラブルって?」と聞き返しました。
「例えばですけど、学生の論文に担当教授の名前を入れるかどうか、共著者の問題があります。加筆や訂正をほんの少ししただけで、第一著者として担当教授の名前を入れることを強要するというケースもあります」

 それを聞いた早坂さんの眉間のしわが深くなりました。「いや、強要はしてないですけどね、でも早坂の名を入れてくれと学生に頼んだことはありますよ。実際に私もその論文に手を加えたわけだから。こういうのもいけないっていうんですか」キムラさんは怒られたような気持ちになり、ドキドキしながら「いえ、詳しい状況が分からないですし、ただちにアカハラだと言うことはできません。ハラスメントの問題って、双方の言い分もありますし、どの行動が良いのか悪いのかという判断は難しいんですよね」と伝えると早坂さんの表情が和らいだように見えました。

 「今日はせっかくお越しくださったのですから、普段の学生との関わり方について、少し振り返ってみませんか?」とキムラさんが促すと、早坂さんはやっと深く椅子に座りなおしてくれました。
 「じゃあ、アカハラの事例、他にもたくさんあるので持ってきますね!」理系で気難しそうな早坂さんには、客観的なデータを介しながら話し合ったほうがスムーズかも、とキムラさんは考えました。
 「今日の相談、何とかうまくいきそう!」キムラさんは心の中でつぶやきました。