健康&安全のための特別連載コラム

脳を安定して働かせられる食事とは(下)

関西学院 産業医 杉田 義郎(大阪大学名誉教授)

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 ここ最近注目されている「低炭水化物食」、「糖質制限食」はほぼ同義語のように使われていますが、厳密にいうと違いがあります。つまり、炭水化物は、糖質(消化されて糖になるもの)と食物繊維(われわれが消化できないものですが、腸内細菌のエサになるもの)が合わさったものをいいます。したがって、「糖質制限食」は、食物繊維はしっかり摂ることが奨励されている食事法といえます。
 さて、前回に少し紹介したように、人類は約700万年の歴史の中で「小麦」の栽培を農耕として大々的に行う1万年前までは自然な「糖質制限食」を続けてきたといって間違いありません。ちなみに「米」の大々的な栽培は約5千年前からと考えられています。現在に狩猟・採集生活を送っている人々の食生活を調査した文化人類学者の報告によると、彼らの食事はタンパク質・脂肪・食物繊維の豊富なごく自然な「プチ糖質制限食」となっているようです。彼らの健康状態は、例外なく肥満やメタボリック症候群(いわゆる「メタボ」)とは無縁で、持久力にすぐれています。その子どもたちは虫歯のないきれいな歯並びをしています。また、そのような地域に精製した小麦や砂糖などから作られた近代的な加工食品や菓子が大量に流入するとたちまち先進国で一般的に見られる生活習慣病が多発することが分かっています。大人には糖尿病、高血圧、「メタボ」が増え、子どもたちの虫歯が増え、歯並びの悪さが目立つようになるのです。日頃から運動量が多い狩猟採集生活を送る人々でさえ健康状態の悪化が起こりますから、しっかり運動さえしていれば大丈夫ということにはならないのです。
 炭水化物は、元来植物性食品に多く含まれています。それらの食品はまた多くの食物繊維を含み、タンパク質や脂肪や他の栄養素を含んでいます。歴史的に農耕が盛んになった後、産業革命が始まって小麦や米の精製に大型機械が使われるようになり、食物繊維や胚芽がきれいに除去された精製炭水化物が一般社会に普及するようになってからまだ300年もたっていません。また、砂糖が一般社会に普及するようになったのは19世紀末、つまり200年にもなっていません。
 多くの糖質を摂ると食後に高血糖を生じ、その血糖を下げるために大量のインシュリンが分泌されるという状況がここ200〜300年間にできあがったのです。一方、ヒトがこのような食品を強く求めるメカニズムがこれらの高糖質食品を普及させ、そのことによって利潤を追い求めることと深く関係しています。

 つい最近のそのことを裏付ける研究が発表されました。マウスにストレスが加わったときに活性化する脳内の視床下部にある神経細胞を刺激して活性化すると、普段は高脂肪の食べ物を好む傾向があるのに、その時は脂肪食の摂食量が激減し、炭水化物の摂食量が著明に増加したのです。また、ネズミを使って、コカイン(麻薬の一種)とサッカリン(人工甘味料)や砂糖の依存性の強さを比較検討した別の実験研究では、サッカリン(人工甘味料)や砂糖の方がコカインより強く依存が生じたと報告されています。つまり、人工の甘みや糖質が脳内報酬系(ドーパミン)を活性化したり、脳内麻薬といわれるエンドルフィンを増やす作用を持っているので、ヒトもラットと同じように、髙ストレス下では人工の甘みや糖質に「やみつき」になりやすいと考えられます。
 しかし、炭水化物に含まれる食物繊維は良い腸内環境を保つためには欠かせないもので、自然な食品を摂っている限りでは極端に糖質を制限することはなかなか困難です。美味しくない食事は長続きしません。そのバランスをとるのが「プチ糖質制限食」です。つまり、朝食・昼食はそのままで、夕食のみ米飯、パン、パスタ、ケーキなどの髙糖質な食品を摂らないようにするものです。その代わりにおかずを一品増やします。この「プチ糖質制限食」は、日本人が夕食に精製した高糖質な主食をしっかりと食べる習慣をもつ多いことを考えると、食後の高血糖、髙インシュリン血症を防ぐとともに、その後に血糖値がさらに低下し、低血糖にまで達することを確実に防ぐことができます。
 夕食の後は大事な夜間の睡眠が控えています。急激に血糖値が低下したり、さらに低血糖になったりすると、血糖値を上昇させるためにストレスホルモン(アドレナリン、副腎皮質ホルモンなど)を分泌するようにとの指令が脳から即座に出されます。ストレスホルモンは強力な覚醒作用をもつホルモンでもあります。このホルモンが夜間に大量に分泌されると、睡眠の質・量に重大な悪影響を与えます(寝付きが悪い、途中で目覚めやすい、熟睡感がない、目覚めが悪いなど)。これでは、せっかく美味しく食べたはずの食事が体調を不安定にするといっても過言ではありません。
 糖質が一杯入った近代的な加工食品をさけ(伝統的な加工食品で糖質の少ない物は大いに活用)、できるだけ自然な食事に「プチ糖質制限食」を取り入れることができると心身の体調管理は大いに楽になると思います。夕食の糖質制限が脂質代謝を活発にします。その際に生成されたケトン体は身体のエネルギー源となり、同時に肝臓での糖新生は安定して行われるので、睡眠中には血糖値が上下動する心配はなく、安定した睡眠を確保しやすくなります。是非、「プチ糖質制限食」に挑戦して見てください。

 次回のテーマは、「呼吸法:鼻呼吸と口呼吸はどれだけ健康面で違うのか?」です。

略歴

1973年  7月
大阪大学医学部附属病院神経科精神科 医員(研修医)
1976年  7月
大阪大学医学部附属病院神経科精神科 医員
1978年  11月
大阪大学医学部精神医学教室 助手
1996年  11月
大阪大学健康体育部 教授
1997年  9月
大阪大学健康体育部保健センター長(兼任)
2004年  4月
大阪大学保健センター長(併任)
2005年  4月
大阪大学保健センター 教授
2006年  4月
大阪大学医学部附属病院睡眠医療センター 副センター長(兼任)
2013年  4月
大阪大学 名誉教授
2013年  5月
大阪大学学生支援ステーション特任教授(非常勤)
2013年  6月
大阪大学キャンパスライフ支援センター特任教授(非常勤)
2013年  10月
学校法人関西学院保健館 学校医・産業医(嘱託常勤)
2014年  4月
大阪大学キャンパスライフ支援センター招聘教授(非常勤)
2017年  4月
学校法人関西学院保健館 学校医・産業医(非常勤)

資格

1973年  6月
医師免許証取得(第219558号)
1988年  4月
精神保健指定医(第7831号)
1995年  5月
医学博士(大阪大学)
2004年  1月
日本医師会認定産業医

所属学会

日本睡眠学会、日本スポーツ精神医学会(評議員)、日本時間生物学会、日本臨床神経生理学会、日本精神神経学会、日本脂質栄養学会、全国大学メンタルヘルス学会

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