2022年8月の健康便り —メンタル—

伝えることの難しさ(同性愛の相談から)

イメージ

 “トン……トン”ためらいがちなノックの音でした。健康管理センター相談室のキムラさんが「どうぞお入りください」と声をかけると、2年生の阿部裕子さんは緊張した面持ちで相談室に入ってきました。
 「実は予約をキャンセルしようかと迷ったんですが、思い切って来ました」と阿部さんはうつむき加減で話し始めました。
 「迷っても来てくださったんですね。ありがとう。お話できることからどうぞ 」
 「私、レズビアンなんです。実際、今、お付き合いしている彼女がいて、その人以外、誰にもレズビアンだと話していません。話した後の反応が怖いから。肯定的な反応だとしても、私の同意なしに私がレズビアンだということを誰かに伝えてしまうかもしれませんし。でも、いつまで隠すんだろう、とか、カミングアウトしている人もいるのに、隠しているのが悪いことのように思えるのも苦しくて…」
 「一人で抱え続けてきた。苦しかったですね」
 「中学の時、女子の先輩に恋をして、私って漫画で読んだレズ? って思って、ネットとか本で調べたら、思春期には同性に憧れる傾向があると知りました。でも、その後も恋愛感情や性的感情を抱くのは女性で、自分の性的指向がはっきりしました。そして、今、お付き合いしているAさんと知り合いました 」
 「阿部さんを認めてくれる女性と出会えたんですね」
 「ただ、友だちが『レズとかゲイとかって気持ち悪い』と話しているのを聞いてしまったんです 」
 「それはショックでしたね 」
 「それに、母にも、私がレズビアンだと知ったらどう思うかを考えると打ち明けられないんです。カミングアウトしてすっきりしたい気持ちもあるけれど、自分にストップをかけてしまいます。母を傷つけたくないし、私も傷つきたくなくて」
 「阿部さんの中で、カミングアウトしたい気持ちと、それにストップをかける気持ちとで揺れているんですね。ならば、揺れていていいのでは? Aさんには伝えているし、今日、私にも話してくださったし。その揺れをどうしていくか、ここで話しながら一緒に考えていきませんか」
 「焦らなくていいのですね。今日、話しただけでも気持ちが楽になったし」と言って、この日の面接を終えました。

 LGBTQのうち、トランスジェンダーについては、性自認に基づく性表現、制服や髪型、トイレの問題など、目に見えやすい形で困難が現れることが少なくありません。一方、同性愛や両性愛などの性的指向については、本人が抱える生きづらさが周囲には分かりづらくなっています。その苦しみを相談する当事者や相談相手が少ないことが日本社会の大きな課題だと、キムラさんは思いました。